全日本学童大会マクドナルド・トーナメントの最終予選は、複数の上部大会の予選を兼ねている都道府県が多い。でも山梨県は、準Vチームが夏の関東学童へ進むのみ。準決勝敗退組には上のステージは用意されておらず、3位決定戦は順位を決めるだけのものだ。しかし、目の前にニンジンがなかろうとも、真剣勝負や全力プレーは今年も変わらなかった。卑屈も打算もない。名誉の戦いは特別延長にまで及び、両チームのカラーと魅力、学童野球の素晴らしさを暗に訴えるものだった。
(写真&文=大久保克哉)
※決勝戦のリポートと優勝チームの紹介は、後日公開します
■3位決定戦
5月31日◇山日YBS球場
▽第1試合
山城クラブ(甲府)
0130104=9
3000022=7
甲府城東JBC(甲府)
※特別延長7回
【山】久保寺、秋山-森田奏
【東】鴻谷、川手-伊藤
三塁打/手塚登(山)
二塁打/功刀(東)
【評】甲府城東が1回裏、一番・関敢太主将から功刀琉(5年)、川手想真の3連打と敵失で3点を先取した。しかし、直後にスクイズで1点を返した山城が3回表、二死無走者からの4連打で逆転する。一番・手塚登陽が内野強襲安打から二盗、続く土橋陸音主将の中前タイムリーで1点。さらに森田奏登も中前打、四番・秋山凛太郎の左前2点打で4対3に。山城は5回にも敵失絡みで加点し、ダメを押したかに思われたが甲府城東が粘る。6回裏、四球から好機を広げて、九番・椚廉太郎(5年)と二番・功刀のタイムリーで7対7に。特別延長の7回表、敵失やスクイズ、手塚登の三塁打などで4点を入れた山城に対し、甲府城東も鴻谷太輔と渡邉剣士郎(5年)の連続タイムリーで食い下がったが、あと2点届かなかった。

甲府城東は1回裏、関主将、功刀(5年)、川手の3連打と敵失で3点を先取㊤。山城の先発・久保寺英翔㊦は、切れずに2回、3回を0点に


山城は3回表、4連打目となる四番・秋山の2点タイムリーで逆転㊤。6回表、守る甲府城東は6-4-3併殺を決めて攻撃へ㊦


6回裏、甲府城東は椚㊤と功刀の「クヌギ」5年生コンビの適時打で7対7に。7回表、山城の九番・髙野莉瑚のスクイズが決まり㊦、これが決勝点に

―Pickup HERO―
打のヒーローが、それ以上に得たもの

「うれしいはうれしいですけど…そんなに喜べないというか…」
勝利後も、どうも歯切れのよくない秋山凛太郎。銅メダルが気に入らないわけではないし、これに続く上部大会がないことが理由でもない。自分に少々、腹を立てていたのだった。

とはいえ、3位決定戦の打の殊勲者は間違いなく、この四番打者である。2回に中前打(=㊤写真)で1得点の起点となると、続く3回には二死二、三塁からレフトへ逆転の2点タイムリー。第3打席の6回には逆方向へヒットを放っている(=㊦写真)。
「2回の1点(スコアは1対3)じゃ厳しいという思いもあって、しっかりピッチャーを援護できるようにと思って、3回は打席に入りました」

両チームを通じて3安打は他に、一番・手塚登陽だけ。だが、秋山はそれ以上のチームへの貢献を、自身に課していたのだった。
「きのう(準決勝)はオレのせいで負けたので、きょうは大活躍して勝ってやるという思いでいました」
準決勝は、中央ジュニアベースボールクラブに3対6で敗北。1対1で迎えた4回裏の5失点が響いたが、このイニングで救援し、一死も奪えずに降板したのが秋山だった。


一死三塁のピンチから、1安打4四球で4失点。恵まれた体格も利した投球フォームはダイナミックで、まとまっている。許したヒットは完全に打ち取った当たり。またボール球ばかりを続けたわけでもなかったが、勝負どころの1球がことごとく、ストライクゾーンを外れた。
「ブルペンではめちゃくちゃ良い投球をしてたのでね…。まぁ、ちょっと緊張しちゃったのかな」
クールに交代を告げた村田郷監督は翌日、失意の右腕をまた当然のようにマウンドへ送った。

4対3とリードの4回から登板した秋山は、5回まで無失点。だが、勝利目前の6回裏につかまり、2四球と2安打で同点とされてしまう。続く特別延長の7回表に9対5と勝ち越して迎えた裏は、いきなり連打を浴びて2点差に迫られる。
先発して3回まで投げたエースの久保寺英翔は、既定の70球まで7球を残していた。だが、ベンチの30番は動かない。秋山の球と目は死んでいなかったし、3回までは守る一塁から誰より大きな声を発していたのが、この背番号3だった(=㊦写真)。

7回裏、2点を失ってからは立て続けに3つのアウトを奪って試合終了。最後は見逃し三振、マウンドの右腕は雄叫びをあげていた。
「これからは上に上がっていっても、しっかりと当たり前に打って、当たり前に投げられる選手になっていきたいです」
好きなプロ野球チームは日本ハム。スケール感のある二刀流が、経験値を爆上げした2日間だった。
―Team Inside Story❶―
ミスも挽回できる土壌。元独立リーガーが率いて1年目の進撃

第3位
山城クラブの前身、山城スポーツ少年団は1984年にスポーツ少年団の全国大会(現「エンジョイ!野球フェスティバル」)に出場している。その後、大里スポーツ少年団と統合して現チーム名となり、2022年には全日本学童大会に初出場(初戦の2回戦で敗退)。
それ以来となる、4年ぶり2回目の全国出場の夢は、県準決勝で断たれた。それでも、翌日の3位決定戦を勝ち切ると、村田郷監督は晴れやかな表情で言った。
「ちょっと予想外でしたけど、みんなよく打ってくれました。この大会を通じて、子どもたちがすごく成長したと思います」

村田監督は地元の甲府工高で四番を張り、春の甲子園に出場。そして東都の名門・日大を経て、BCL/信濃でもプレーした。現在も堂々たる体躯で眼光も鋭いが、「優しいほうです」と土橋陸音主将。確かに、フィールドの選手たちは表情が柔らかい。準決勝も3位決定戦も悪い流れがあったなかで、ベンチに怒号が轟くこともなかった。

「当たり前のことを当たり前にできないと失点してしまう。なので、基本を繰り返し、繰り返し。それを飽きないように練習メニューとかを考えて、日々やっています」
平日の火曜と木曜も練習がある。指揮官は、元野球エリートにありがちな“オレ流”一択の堅物ではない。聞く耳もあり、できない選手に寄り添う懐の深さも。それらは、小中学生対象の「村田野球塾」を生業としていることや、6年生の県選抜チームを率いてきたこととも無縁ではないだろう。

準決勝、決勝と代打で登場した5年生の武藤隼汰㊤。二塁、三塁を守った髙野㊦は「気持ちの強い子」(村田監督)

そんな村田監督が、娘の陽菜乃(4年)と息子の飛雄馬(2年)が所属する山城クラブを率いるようになったのは昨秋。新人戦は地元の予選で敗れ、県大会に進めなかったが、全国予選では県3位にまでジャンプアップした。
「6年生にとっては、今後の野球人生にもつながるような非常に良い経験ができた大会だったと思います」(村田監督)

苦い思いを挽回したのは上記のヒーロー、秋山凛太郎ばかりではない。3位決定戦では初回に打球を後逸し、打者走者を一気に生還させてしまった左翼手・光本怜生が、2回にスクイズバントを決めた。三番の森田奏登(=㊤写真)は初回に3バント失敗も、3回の第2打席で中前打。また7回表に、決勝のスクイズを決めた髙野莉瑚も、前日の準決勝では大量失点したイニングに守りのミスがあった。

3位決定戦でいきなり適時失策した左翼手・光本だが、声を絶やさず㊤。2回にはスクイズを決めた㊦

痛い目に遭おうとも、塞ぎ込む様子がない。秋山も光本も髙野も、いつでも懸命に声を発しながらプレーしていた。また内藤遥斗(=㊦写真)もノーミスではなかったが、三塁、二塁、一塁とどこを守ってもエネルギッシュだった。


そういう土壌を生んでいる指揮官はまた、戦術やスキルを授けることにも長けている。バントあり、三盗あり、連打ありの広範な攻め手もそれを物語る。象徴的だったのは、土橋主将だ。
二番を打つ背番号10は、準決勝の第1打席に犠打を決めて先制点につなげた。走者がいない打席では、本塁上空を上体で覆うようなクラウチングの構えでボールを見定める(=㊦写真)。


かと思えば、ノーマルな構えからシュアなスイングを見せて、3位決定戦では2打席連続安打。2本ともセンターに弾き返す、お手本のような打撃(=㊤写真)で打線を波に乗せた。
「自分は試合の打席になっちゃうと、体がいろいろ動いちゃうから、どっしりと構えて顔を一緒に振らないように意識して打ちました。全国大会に行けるのはこの大会だけで、準決勝で負けてしまったけど、みんなと力を合わせて全力でプレーできたと思います」(土橋主将)
5年生は2人と少ない。また選手の全員が、監督の営む野球塾に通っているわけでもない。それでも土壌はさらに肥えて、進撃もまだまだ続きそうな予感がする。

―Team Inside Story❷―
育成第一のノーバントで17年、ついに県4強の壁も突破

第4位
指導者のこういう声は、いつの時代も聞かれる。かつては「勝てない指導者の言い訳」と揶揄されることもあった。あるいは今でも、その手のきらいはあるのかもしれない。

甲府城東JBCの清水雅彦監督は、前身の甲府東時代からキャリア17年。冒頭のような大志の下、「バントをしない」方針を貫き通している。また体罰どころか、怒声罵声も当初から一切ないという。
チームは善誘館と合併し、さらに山梨学院も統合と、歴史はこの数年で激変。それでも清水監督は、ブレないまま今日に至る。
「バントだけできても、高校では試合で使ってもらえないので、きちっとバットを振れるように。ちっちゃいころからそうやって習慣づけないと、上に行っても本番でなかなかバットが出てこない」

試合直前もリラックスムードのなか、各自でスイング。㊦は二番の5年生・功刀

「受け持った子たちが、いつでも戻ってこられる場所をつくってやれ!」
長男の幹太さんは卒団後、甲府城西高、常葉大浜松キャンパスで投手として活躍。そして社会人軟式のゴリラクリニックベースボールでは、2024年に天皇杯を制覇している。

ベンチ前のノックも明るいムード。㊤は関敢太主将、㊦は渡邉巌コーチ、関隼人コーチ(上から順)


甲府城東と清水監督は今年、永年の壁だった「県ベスト8」を打ち破った。迎えた準決勝は、優勝することになるラウンダースに5回コールド負け。翌日の3位決定戦は、守備が最後に乱れて競り負けた。
それでも、“育成第一主義”の成果が十二分に見て取れた。準決勝は無得点ながら、最速115㎞を投じた相手エースの球に、どの打者も食らいついていた。それも当てにいく打撃ではなく、フルスイングで。

四番・伊藤は、準決勝の2回に怪物級右腕から中前打㊤。続く鴻谷太輔は空振り三振ながら、鋭いファウルも㊦

結果、打者7人が対戦してヒットは四番・伊藤暖真の1本だったが、ファウルは数えきれないほど。そして2回までに38球を投じた相手エースは、マウンドをそこで譲っている。
「今日の朝も、コーチ陣にめっちゃ速いボールを投げてもらって打ってきたんですよ。練習試合もやっているし、よく知っている投手なので対策はできてたんでけど、早めに代えられちゃいましたね」(清水監督)

一番の関主将は一本足からのマン振り㊤。六番・渡邉剣士郎(5年)は3位決定戦の7回裏に左前タイムリー㊦

6年生は5人。六番以降に5年生が並ぶ打線は、準決勝の3回以降は1安打に終わるも、見ていて気持ちがいいほどにバットがよく振れていた。そして0対7で敗れると、指揮官はこう言ってニンマリ。
「きょうは勝っても負けても、あしたは決勝か、3位決定戦があるので、2日間でみんな出す予定です。あしたの七・八・九番はガラッと変わりますから。ウチはずっと、こういう感じで戦ってきてるんですよ」
3位決定戦は予言通り、前日と異なる名前が下位打線に。それより感心したのは、新たにスタメン入りした3人が、前日の3人と同様に果敢であり、バットを全力で振り抜いていたこと。

3位決定戦は中澤梗悟㊤が七番に、八番には5年生の青山草太㊦

2点を追う6回裏には、九番・椚廉太郎(5年)が逆方向へタイムリーを放ち、その後の同点劇につなげている。直後に守りが乱れて、決勝点を献上したが、全国予選の佳境にきても、5・6年生の12人全員がプレーした事実は重い。メダルや上部大会はなくても、この2日間は各々の心にも深く刻まれたはず。
「ここであと1本出れば、というところもありましたけど、ボールがどっちに転がるかによっても、結果が変わってくるのが野球。まぁ各打者、自分で考えてしっかりと強く(バットを)振れたかなと思います。これから1カ月半、また違う大会もあるので、そこに向かっていきたいと思います」(清水監督)

10年しても20年しても、選手たちはこの空間に戻ってくれば、それぞれに原点や一途な日々を思い返すことだろう。まさしく古巣。これを創りあげた清水監督の志を継ぐ教え子も、きっと遅かれ早かれ。